BlackIceCoffeePhenomenon

溶け出す氷によって味が薄くなると併せ、味覚が苦味に慣れていくことで、加速度的に味覚への刺激が減衰する現象に関するブログです。

生きた事、体験した事は記憶に過ぎない。

記憶、完全な複製のしようがない。

口から出るものや、指から打ち出されるものも、完全な複製は困難だ。
この日記に書いてるあの日のことだって、
程よくお酒が回り話し始めたことだって、
極めて一部分を切り出しているにすぎないのだ。

仮にクローンができたとしても、記憶は複製できるのだろうか。


記憶は当たり前のように健忘する。
記憶は当たり前のように改竄する。

あの頃はよかったなんて思う事はよくある。
でも深堀して思い出してみると、泥臭い記憶も確かに出てくる。

記憶は互いに補完しあう。
あの時お前からこんなことをされた。
それはもう覚えていないが、ただあの頃の自分ならやっててもおかしくないって思える。

もしかしたら確かなものなんて何もないのかもしれない。
それでも今残っている記憶に頼るしかない。

そしてそんなことをぼんやり考えたので文字に残す。

 

 

 

ついろぐから追えるものもあるけどやっぱり完璧じゃない。

そりゃあアカシックレコードなんてあったらいいなって思っちゃうよ。

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よく、周りにやる人が居なければやらない。みたいなのあるよね

最たるものが麻雀とか。

 

能動的にやるかと言えば、そこまでじゃないけど
呼ばれたら、数合わせや、気が向いたらポジションのもの。

当然ながらやる人が居なくなると離れてしまう系統。

 

危ない橋を渡っているときに限って、そこかしこの危ない話を聞きつけ
安定したら、途端にそんな話は聞かなくなったりなんてして。

 

 

10年前くらいにバンドを組んでいた時、かなり生活基盤が不安定で
いわゆる、「バンドマンはお金がない」というものでした。
その中でもヘルプで入ったギターの子が、お金は持ってるけど
殊更やんちゃするのが好きで、よく知恵を貸したりしていました。

 

まだAKBが有名じゃ無かった頃、音楽学校に大量のライブチケットがばらまかれたり
VHSがまだ主流だったころに、どこかからか見つけたビデオだったり
どうしようもないものを持ち込んできては
それを処分してあれこれしてとか、楽しかったような危なかったような。

 

そして、そのうちバンドは休止して、めったに会う事もなくなり
正社員として社会復帰して暫くすると、
やはりそんな話を聞くこともなくなって、
今からやんちゃしようと思ったらどうすればいいんだっけ、なんて思ったりします。

 

ちなみにバンドを組みたいと思ったら
いろんなスタジオの入り口入ってすぐのあたりを見回すと
そこかしこに張り紙がありますよ。

 

こんな人探してます、こんな曲好きです、こんな曲やりたいです、
このへん目指してます、連絡先はこちらまで。

インクが残した記憶は真実

紙として主張や情報を残せる人はすごいなーとよく思う。

ついったーほど短文だと何をどう書いても外さないという利点があってよく浸かる

 

この日記は、頭が足りないなりに構成を考えたり
推敲をしてみたり、可読性だったりそもそも何伝えたいんだとか
そういうスキルを磨きたいなーと思って作ってはいるけど
下書き無しで書くと御覧のあり様なわけです。

 

百聞は一見にと言う事で、動画はよく作るんだけど
百聞で説明できればそれはそれで才能なんじゃないかと思う。

 

故に紙であれこれ書いてができるのはすごい。
やってみたいなと思うけど

・・・まずはこの日記が読めるものになってから

hurtless night

その昔、そういう出来事があった

オンラインゲームの世界で知り合った人。
どうやら大阪にいて、私も聞いたことのある薬を売っていたそうだ。
ずいぶん稼いでいたらしく、うちにも送られてきた。
意気投合し、ギルドや同盟を作ろうとして
作り終えたそのタイミングで消息を断った。


半年くらいしたある日、彼は久しぶりにゲームにログインし東京にいることを打ち明かした
色々あり陥れられ逃げるように東京に来て、
身銭稼ぎのために、ホストクラブで食いつないでいたと聞いた。
身一つで雇ってもらい寮に入ったものの、過酷らしく逃げたいと漏らしていた。

f:id:yananann:20180114144248j:plain


それから彼を匿う事にした。
とりあえず住んでよいので、次の仕事見つけて家借りれるようになるまではって条件つけて。
最初のうちは良いとして、数か月もすると何かをするために何をやった、
何をやりこういう結果だった。というものがなくなっていった。

次第に揉めるようになり、追い出したくなるが行く先が無いことを知ってた。
追い出したくなる前に脱出してもらいたかったのだが。
そこから色々話して、追い出してかつ行き場を与えるため
同意の上で以前送ってもらった薬を彼に投与し中毒にして更生所に送り込んだ。


その当時の考える限りの最善手で、解決したと思っていた。
10日後くらいに知らないメールアドレスから阿佐ヶ谷に来て欲しいとあって行ったら
そこには彼が居た。

彼は更生所から逃げ出し顔を見せ、
ごめんぶん殴ってくれって言われぶん殴って
その後行方不明になった。

 

2009年とかのお話。いや嘘です。多分。

BananaNotFoundExceptionはハンドルされませんでした。

アプリケーションのコンポーネントで、ハンドルされていない例外が発生しました。
[続行]をクリックすると、このアプリケーションはエラーを無視し、続行しようとします。
[終了]をクリックすると、アプリケーションはただちに寝ます。

Just-In-Time (JIT) デバッグを呼び出すための詳細については、
ダイアログ ボックスではなく、このメッセージの最後を参照してください。
************** 例外テキスト **************
型 System.Object.BananaNotFoundExceptionのハンドルされていない例外が 台所 で発生しました。

追加情報:空のバナナを参照しようとしました。

booting

6:51 1st目覚ましが鳴る。ボタン1個で止まる

7:04 Final目覚ましがなる。後ろのレバーじゃないと止まらない。

7:05 起き上がり、電気ケトルにお湯を入れてシャワーを浴びる

   冬の場合、ついでに石油ファンヒーターに電源を投入する

 

7:17 浴室から出て身体を拭く

7:18 冷凍庫から凍った食パンをガステーブルの魚焼きグリルに入れ火をかける

7:19 下着を着て沸騰した電気ケトルの電源を再投入する

   ドライヤーとデスクに置いたカップを取りに行く

   デュアルディスプレーの電源を入れる

7:20 台所の湯沸かし器からお湯を出しカップにぶっかける

   ドライヤーのコンセントを右手で差し込む

   体重計の電源を右足で投入する

   左手でコーヒーを淹れるためのペーパーを取る

   ぶっかけっぱなしのカップを取り出す

   両手でペーパーを広げ珈琲の粉をペーパーに展開する

7:21 体重計に乗りながら、魚焼きグリルに入れたトーストを取り出し皿に乗せる

   体重が測定できたら400cc+容器gのケトルを手に取り、サイフォンにかけて蒸す

   テーブルに置いたバナナの皮をむく

7:22 右手でケトルを取りコーヒーにお湯を注ぐ

   右手でドライヤーを持ち髪を乾かす

   左手でスプーンを持ってバナナを切断する

 (バナナの切断が先に完了した場合)

   髪を乾かしながらタンスにある5本指ソックスを取得する

   #1 コーヒーにお湯を注ぐ

   #2 5本指ソックスを履く。装着終わったらワイシャツ等を装備する

 (髪の乾燥が先に完了した場合)

   タンスにある5本指ソックスを取得する

   5本指ソックスを履く。装着終わったらワイシャツ等を装備する

   バナナの切断をあきらめそのままトーストに乗せ2つ折りにして潰す

7:23 コーヒーが淹れ終わる頃くらい

   場合によってドライヤーを蹴りながら

   左手にコーヒー、右手にバナナトーストを持ちデスクに持っていく

7:25 ブラウザからradiko.jpを開きTOKYO FM中西哲生のクロノスを再生する

radiko.jp

 

7:30ごろ  コーヒーを一口のみTweenにおはよう諸君とpostする

7:51 出撃

 

 

7:17~7:22までの5分間が一番マルチスレッドで処理されています。

 

 

バナナトーストどうするの

2017Log

今年の日記はこれでおしまい。

ざっと覚えている限りの1年軽くまとめ。

 

2017年1月:びでお氏襲来

2017年2月:デスマーチしてた

2017年3月:救急搬送からの入院手術
      浜松にて新年会

2017年4月:高山でキャンプ

2017年5月:病み上がりという事で現場離脱

2017年6月:ゆるめの現場に配置される

2017年7月:ムーンビーチ、秋葉神社、非合法よるさんぽ

2017年8月:三毛猫襲撃、霧ヶ峰木崎湖、斑尾高原

2017月9月:知り合いのPC作成

2017年11月:三毛PC作成

2017年12月:浜松忘年会

 

 

来年

準備期間に割り当て。まだまだやる事多々ありまして。