BlackIceCoffeePhenomenon

溶け出す氷によって味が薄くなると併せ、味覚が苦味に慣れていくことで、加速度的に味覚への刺激が減衰する現象に関するブログです。

時間と肉体が足りない

やりたい事が山盛りで積まれている。それの全てが本当にやりたい事かというと、そんな事はきっとないんだけど、見てくれの食事の豪華さが副菜の多さで成り立つように、より充実したものにするためにはいろんなものに手を出していった方がきっと良いのだ。

物語系のゲームをたくさんして、深夜アニメをたくさん見て、17時~21時と22時~24時のラジオを聞いて、VRCを遊び倒して、週末はキャンプに行って、連休がある休日は少ない荷物で旅に出て、ゲームセンターに籠って・・・

やりたい事が多すぎて人間じゃとても無理なわけで、体を分割したい所がある。

 

とはいえ半年無職やってた頃に、それらをやってきたかと言うとそれはMaybeで、なぜならやりたい事以上に、何もやりたくないという気持ちの優先順位が一定の地位をキープしているからだ。

でもそれは働き始める事で解消されつつある。仕事で疲れ休日の価値が上がった事で何かはしなきゃな、と。当然働くために生きるなんてまっぴらごめんで、遊ぶために生きてきたしこれからもそこは譲れないポイントなわけで、遊び続けなきゃいけない。そこに仕事が付け入る隙はない。

 

---日記

IT系の仕事の開発系のお仕事の大半は、この世にないモノを作る事にある。

作り方がありパーツがあってパチ組みするガンプラ的な感じなら人手不足もないんだろうけど、この世にないモノを作るので作り方を自分たちで決め、自分たちで材料を準備して自分たちでどの順番に組み立て、組み立てた後のモノをどう動かすかまでをみんなで考えてやっていく事にある。

みんなで・・・というのがポイントで、全員同じ方向が見えているという状態じゃないともやもやする。どこを見るのかもみんなで決めなきゃなんだけど。

そんなこんなで、徐々に見ている方向が見え始めた感じはするんだけど、今の会社はその方向性を指し示すドキュメントみたいなものがなく、やっぱりもやもやするわけです。

 

偉人は「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ・・・」と言ったが、今の場所にはやってみせがないので、聞いたことをぶっつけ本番でやるわけで、極めて非効率的だし全体像が見えないからもやもやするし、暗闇の中を歩くのは時間が無駄にかかり、仕事に身体が食われてしまっている。

時間がそれを解決するだろうと思ってるけど、それ以上に会社に対する好感度ゲージが下がってるので、いつか上がったらいいねという感じ。それは自分で何とかするしかないんだけど、その会社に対応する筋肉がつくまで、筋トレするしかないよね。残業や立ち回りを工夫する筋肉をつけていくしかない。

 

あぁ、働くって楽じゃないね。

自分という本を出すとき

小学校の頃、図書館に行くと偉人の人生をつづった本があって、それを見る事が多かった。自分の人生をどうしたいのかとか、そういうのは抜きに、ある人間の人生を観測するのが面白かったからだ。

それから何年もの時が過ぎて、すっかり大人になってしまったわけだけど、今、自分の人生をつづった本を作るとしたら、いささかボリュームがない事に気づく。偉人ではないから、そりゃ当然なんだけども。

とはいえ、本にしたときに波乱万丈の何かがあって、うまく起承転結が欲しくなるわけで、それを自分の人生に置き換えて第何章って組み立てた時、何かが浮かんだりした。

 

私の場合はこれだ。

これまでの人生を小説にするとするなら、
序章:19歳までの好きな趣味と好きな人たちに囲まれた甘美な日々
第一章:19歳から21歳までの、懐古と無謀な綱渡りに葛藤し生きる意味を探した時間
第二章:22歳から28歳までの、誰かに会いそして走り尽す自由
第三章:28歳から今に至る、より大きな事を成し遂げるために、資産を増やす修行のフェーズ
第四章:○○歳から始める自分の人生に決着をつけるフェーズ
終章:形はどうあれ幸福に最後を迎える

 

そうした時、私は今第3章にいる。

こういう感じで振り返ってみるのは面白いし、それらを経てその後どうしたいかみたいなのやんわり決めたりすると、すごく良いと思う。

ほら、未来の事は何もわからないとはいっても、どういう状態だったらいいなぁみたいなものはあると思うし

社会復帰して2カ月が経ちました

---日記
200連休の時にはそこまで価値を持たなかった休日という価値が爆上がりです。
特にやる事もないのに外に出たくなったりするあたり
やっぱり強いられてる方がパフォーマンス出るのかなと思ったりする限りです。
そうして待っている今週末は3連休。 まだ全く予定がない!
キャンプしたいけど寒いもんなぁ・・・
日帰りでどこか行きたいけど、起きれないし寒いよなぁ・・・
でも、せめてどこか行きたいなぁ。

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昨日は思い出をめぐる散歩をしてきた。
先週が町田で、昨日は西新井だ。

先週の町田が18歳から始める東京生活のスタートなら
今回の西新井はそこから3年経った21歳が社会に打ちのめされ
真っ当に腰を据えて働こうとしてもがいてた場所だ。

・・・語るほどのものはないので、久々の街の感覚を見て回りますか。

 

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駅は相変わらずのぼろい感じだったんだけど、前の時をもう覚えていなかった。
ただ駅の構造とかは変わっておらず、改札を抜けたら西口東口の分岐があるくらいだ。

東口にケンタとマックが昔からずっと残ってたみたいでよかった。
暇があればもう少し梅島の方にいって通ってたダーツバーとかどうかなと思ったけど、Googlemapですでに潰れてるのを確認したのでどうでもよくなった。

 

西口は以前よりマンションがたくさんあり、古い建物が徐々に追いやられているような感じだった。私が降り立ったころにはすでにアリオ西新井があって、そこそこ人の入りがあったんだけど、行ったタイミングが土曜という事もあり、物凄い混雑だった。1年前はもっと多かったのかなと思うくらい、人ビッシリ。

当時の私は赤貧に迫るほどお金がなく、アリオの中にある100円の6枚切り食パンを買って、マヨネーズ塗ってトーストで飢えをしのいでいた。
そんな印象的な事をしてたから、店に入ってヨーカドーの中の食パン売り場までの道をはっきり覚えていたんだけど、その道が今も変わってなくて安心したやら、もうそんなのやんねーよみたいな。

でも家賃が払えなくてお金借りて払って、そのお金の返済にまたお金を借りるみたいな最悪のループを20代の早いうちに経験出来て良かった。40歳になってやってたらもっと大きな金額になってただろう。

 

そして最後に見るべきはゲームセンターで、西新井には1か所パチ屋の上にゲーセンがある。
アドアーズラウンドワンみたいな大きな所資本ではなく、あくまでちっちゃなお店なので、もうないかもしれないと諦めもあったけど残っていてよかった。すごくよかった。

相変わらずぼろっちい店内で、かつては喫煙可能だったであろう煤けた壁が味わい深い。そこで数プレーほどして店を出たら、外は真っ暗だった。

時間や外の事を気にさせないような作りをするのは、パチ屋とかよくやる事ですね。
だから時計はほとんどないし、外もなるべく見えないようになってる。

 

そして今までやってきた選択は間違ってないとも思った。

最寄り駅に求める事はゲームセンターがあること。

Name Entry

ゲーセンとの馴れ初めのお話。

限界集落とまではいかずとも、町は発展する前に衰退を始めてるような自治体で育った私には、映画館やゲームセンター、ショッピングモールみたいな施設に触れる事はほとんどなく、日々の楽しみと言えば大きめの石をひっくり返してダンゴムシをつつく幼少期だった。

それからほどなくして自転車を手に入れては町の中を駆け巡り、おもちゃ屋レンタルビデオ屋のゲームコーナーに足を踏み入れる事になる。当時置いてあったゲームとしては、ストリートファイターKOFがメインだけど、マジカルドロップ2や雷電ファイターズ2とか格ゲー以外を嗜んでいた。

そしてハイスコアを出せばName Entryに名前を残す事ができた。
名前を残せる事。そこに自分が居た事。その実力の証明を残せることが刺激的だった。

 

そして高校生になる頃には、県庁所在地のある街まで出る事になるし、自分よりさらに上手い人が居れば切磋琢磨するような素敵な日々を送っていた。小さな町の中で一番上手かった人は大きな街の中でさらに成長するみたいな感じだ。

しかし無限に成長するかと言えばそんなことはなくて、あるレベルまでは一気に伸びるけど、そこから先の伸び幅は本当に小さく、周りの強者もそこに葛藤しながらそれでも高め合っていくような楽しい日々は続いたが、永遠には続かなかった。

 

ある者はその成長の遅さに挫折しゲームセンターから離れていき、
ある者はバイトが休めず仕方なくゲームセンターから離れていき、
ある者は就職を境に街を出る事でゲームセンターから離れていき、
ある者は他の楽しい趣味を見つけゲームセンターから離れていき、
ある者は家庭の事情で離れざる得なくしてゲームセンターから離れていった。

私もまたその一人であり、就職を境に街から出ていってしまった。

それでも出ていった先でやっぱりゲームはしていて、新たな刺激を受けては、名前を残したりして楽しんでいた。しかし街に出た頃程の成長はもう残ってなくて、挫折しそうな状態がずっと続いていた。

それでもゲーセン通いはやめられなかった。

成長が遅く挫折したとしてもそのゲームが好きだから、なんとしても続けたかった。

ここでいう成長とは単純にうまくなることであり、レースゲーならタイムをコンマ1秒でも削ろうとするし、シューティングなら、より残機を残してクリアする事だし、音ゲーならより完璧な演奏をする事だ。

そして成長はほどほどに、名前を残していくというやり方にシフトしていったのが、この数年のゲーセンとの付き合い方になった。

ランキングシステムがあって、頂点は無理でも名前を残せるだけの実力がある事がわかったら、もう味を占めたようなもので、狂ったように店内ランキングや公式ランキングに挑むようになった。

最近頑張ったやつだと98位に入ったやつがある。
https://p.eagate.573.jp/game/2dx/27/ranking/weekly.html?class_id=2

 

一番にならなくてもいいし、リザルトの写真でスマートフォンの中身を埋めなくてもいいし、Twitterにアップロードする必要もない。そこに自分の名前が存在し、その時の実力を以てその順位にいる証明があれば、それでいい。

中二病っぽく言えば存在証明と書いてレゾンデートルと読む。

 

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県庁所在地のある街でさえ、私が降り立つ頃には成熟を終え切っていたんだなというのを最近気づいた。こんな発展した街知らないぞ?


大分(その1)

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日付が変わったらまた何か書くので、適当です。

働き始めるようになってから、休日を意識するようになった。

 

そりゃそうだ。半年も無職やって100連休とかしてると、もはや休日の方が平日なまである。起きた時間に起きて、何かをやって眠くなったり、頃合い的に寝なきゃなってタイミングで寝る、そこだけでも実に素晴らしいものなんだが。

でもそれ以上に良いのは、その日をいくらでもアレンジできること。

1日を自由にできる良さ。部屋を片付けても、バイクでどこか走り出しても、普段行かない街に行ってみるのも、何もせずに寝るのも、ずっとほったらかしのHDDの中身整理するのも、たまったアニメ見るのも、どんなアレンジだってできる。

 

だけどそれをやってこなかった。

緊急事態なんちゃらとかあって制限はあったけど、それ以上にほとんど何もしていなかった。

 

答えは簡単で、自由を手に入れると何もできなくなるからだ。

まっさらな原稿用紙になんでもいいから何か書いてよって言われてスラスラ書き始められる人はどれくらいいるだろう。

白紙と色鉛筆が目の前にあって、何か描いてと言われて何かを描ける人はどうだろう。

こういうのを考えた時、私は何をアウトプットしようか、かなり時間をかけてしまう。なんでもいいが故に何をすればいいか検討できないのだ。白紙がマス目の入ったノートの切れ端ならドット絵や幾何学模様とか考え付くのにね。つまりある程度縛られてないと自由に動けない。

これは休日にも当てはまる。なんでもできるが故に何もできなくなる。
今日は何でもできるが何しよう、とTwitterを見ているうちに、Youtubeを見ているうちに気づけば夕方になる。 どうせ明日も休日なんだから夜から遊びに出かけたっていいはずなのに、やっぱり何もしないまま一日が終わるし、なんなら何もしなかったという事すら意識していないまま終わっていたりする。100連休もあれば。

 

だから、今のしんどい5日の後の2日は、何かしようと考えるようになった。

たまに何もしないまま終わる事もあるんだけど、しんどさが増えれば増えるほど休日の価値が上がっていく。あとは休日にエネルギーを爆発できるかどうかそれだけ。

前に進むために後ろを振り向く事

辛い思い出なんてすぐに忘れていくじゃないですか。
いやそんな事ないんだけど。
でもそんな事を覚えていられないほど、世の中は辛い事で満ちているからさぁ。
古いのから順に忘れて行って、そして甘美な懐古が残っていくのよね

・・・

ここまで書いたところで、すっごいメンタルぶっ壊してません?って
気になった人、大丈夫です。気分が沈んでる時に書いた文章を引っ張り出しただけで
いたっていつも通りです。

今日のテーマの文章を書くにあたって、書き出しに何かないかなーと思って
一番近くでマッチしたのがこの文章ってだけです。

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日記

今を生きるという事をよく忘れる。
懐かしい話や、ふと過去を思い出したりした時にそれが顕著に現れる。
夕べ思い出話に華が咲いたし。

そしてぼんやり記憶に思いを馳せると、どこかに行ってしまう。
でも昨日はここにはなくて、必要な事は今を生きる事。
そう思った時にふと昔住んでたところに行く。
古い写真の中には入れないという事を確認するための儀式みたいなものだ。

そして町田に行ってきた。
上京して初めて実家に帰って、そして東京に戻る時に降り立った町田駅の道をトレースして
微妙に場所が変わったセブンを見て、昔美容院だった今はスーパーの建物を見た。
それ以外にも色々と変わっていて、ボロボロのダイエーだった場所は新しくなって
あの日からなくなったキャッツアイ町田の面影を見ながら、
変わっていった街並みを眺めていた。

そこには甘美な思い出がたくさんあったなと実感した。


そして小田急に乗って登戸に行った。
4年前まで住んでいて、そこまで懐かしさとか感じなかったけど
北口はがっつり再開発が進んでいて、自分が居た面影はとうに失われていた。

確かここにこんなのあったような・・・
早くも商業ビル立ってるなーと思った、昔そこにあったパチ屋だったりして
まぁ色々変わってゆくものだなーとぼんやりと電車に乗って帰った。

そんなあの日から時間が経って、思い出を共有する事も減ったそんな日を過ごして、ね。