BlackIceCoffeePhenomenon

溶け出す氷によって味が薄くなると併せ、味覚が苦味に慣れていくことで、加速度的に味覚への刺激が減衰する現象に関するブログです。

DiscordのステータスにWinampで再生中の曲を表示したい

こんなの。

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お前いつまでWinamp使ってんだよって、そりゃいつまでもに決まってるだろう。1999年からおさがりのWindows95を使い始めて、そのころからずっとWinampだったので今でもfoober2000とかAIMPとかKB Playerとか、そこまで愛着がない。

というかパソコンで音楽を聴く=Winampというくらい、そういうものだと思っている。ラーメンを食べるときにお箸を使うようなくらい自然にWinampは選ばれる。

そして割とこの手のプレーヤーは、メッセンジャー系アプリと連動させたがりで、MSN Messengerにも再生中の曲を表示させたり、Mixiの再生済みリストみたいなやつとかログに残したり、昔からそんなもんばかりだ。

どちらも歴史の1ページとして終わってしまったわけで、現代でそれをやろうとした時、浮かんだのがdiscordだったので、Winampで再生中の曲をdiscordに表示する方法を調べたってわけさ。

 

昔のように半年ごとのWindows98再インストールや、1年おきのWindowsXP再インストールに比べればWin10は結構優秀だけど、それでもやっぱり何年かして、最近再インストールしたので備忘録として残す。

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ヨークネーター

パソコンと夜更かしを共にして幾星霜
その頃の夜更かしはADSLラグナロクオンラインを遊んでいて
ただ目の前にある楽しい時間をいつまでも味わっていたい、そんな夢の時間があった。

 

寝る事が虚無ではないけど、寝る事より楽しい時間の方が大切に思ってしまう。
インターネットは楽しい時間があって寝る事を勿体ないと思ってしまう。
楽しい時間がこのままずっと続けばいいのにと思ってしまう。

 

夢の時間を与えてくれる土台がインターネットであり
終わらないネバーエンディングストーリーがゲームにあって
そこで過ごした時間を見知らぬ誰かと秘密のように共有する時間が素敵で
そんな時間に憑かれてしまっては、もうずっとそんな時間を過ごしている。

 

それでも守るべき矜持みたいなものはあって
せめて寝る時は布団の中で寝ようみたいなモノはある。

今までは、寝るべき境界線を定めてそこを過ぎたら寝るってのを考えてたけど
最近は底にたどり着く前に意識が揺蕩う状態になってしまった。

楽しい時間とお別れして、続く明日の物語に向けて布団に入るわけだけど
楽しい時間のまま遊び疲れ意識を曖昧に落としていくのもいいもんだなと思ってきた。
形はどうあれかなり幸せな事だと思っている。
願わくば人生の最後もこんな感じであるといいのになと思うくらい。

 

そもそもなんで寝落ちるようになったかと振り返ると
今までは22時からゆるやかに飲み始めて1時前に飲み終わって・・・なんてしてたけど
仕事が終わる時間が遅く、23時くらいからスピードアップして飲んでて
酔いが回るのが早いんだろうなっていう。

VRChatにおけるマージナルマン

ここ暫くVRChatでは、馴染みの人の所ばかりに行ってるので、そんな事もないのですが、かつて所属していたコミュニティに限界を感じ、様々なコミュニティに身を置こうとしてました。

複数のコミュニティに属し、時よりコミュニティ同士が融合したり、疎遠になっていったりの繰り返しがスタイルな人もいると思う。 そしてどっちかを決定することなく、どちらにも身を置きたいが故にどちらにも身を置けなくなってしまうなんてこともある。

 

様々なコミュニティの境界に居て、いずれのコミュニティにも属さない人。
VRChatにおけるマージナルマンとしての様子が伺えたり、時より自身もそれに属する事がある。

kotobank.jp

 

長期旅行者や無職の事を、モラトリアムの延長や自分探しという言葉に世間は当てはめていたけど、実際に旅先で出会う彼らを見ると、その言葉はやや不適切と思える。

これはVRChatでも様々なコミュニティを渡り歩く人を見ても同じように思える。彼らはモラトリアムでも自分探しのためにコミュニティを渡り歩いているわけではない。

ましてやコミュニティに合わせる努力もそこそこに、自分のアイデンティティは死守しているような感じである。故に個性的であるし、そのコミュニティに刺激を与えたりなんてするわけで。

コミュニティを渡り歩く人も、コミュニティに属する人も、程よく沼に陥りやすい構図ができていて面白い世界だなと、思ったりした。

 

 

静岡行脚

長距離ツーリングに行く時は、大体目的地までの道のほとんどが通過地点になってしまう。実家に帰るなら神奈川県と大分県の間の全てが通過地点になってしまい、途中で一泊とかそういうのをしなくなる。

そんな事もあり、これまで通過地点だった場所に、目的をもっていくという事は貴重な体験だし、先週の大阪といい、今週の静岡といい刺激的なイベントだった。静岡に関しては結構な割合で行ってる・・・多分埼玉よりも言ってるんじゃないかな?

それでもまだ未踏の地は多くて、掛川で降りた時もそうだし、普段通らない道を使ってどこかに連れていかれる感覚は、とてもワクワクするものがある。

 

今回、静岡に行ったのは自作PCの組み立てを見守ってほしいというものだった。

パーツは一式揃っていて、だけど組む時に下手して壊してしまわないかであったり、そもそも無事にWindowsのインストールまで行けるかどうか助けてほしいみたいなそんな感じ。

朝遅くに新幹線に乗って、たくさん乗り換えて昼過ぎに到着しては、しゅーとさんとあるくんに迎えに来てもらい、家に連れていかれ、組み立てを見守って、時には昼から酒飲んだりして過ごしていた。

夜からはたこ焼きを延々と焼きまくってガルパンを見ながら寝落ちたり、布団で寝直したりなんてことをしていた。

 

翌朝、ぐっすり眠って浜松にお出かけしキャンプギアを見たりして、しばらくご無沙汰だねーって話をした。それもそうでここ2~3年で一気にキャンプ勢が増え、予約なしで行ける所が予約必須になったり、そもそもいっぱいで行けないとか、密がどうとかで自分たちが過ごしてきた時間とはずいぶん変わってしまったのだ。

それに引きずられる形でキャンプをしていた人たちは、釣りに行ったり登山になったり、自転車を漕いだりアウトドアの並行展開でキャンプからみんな少し離れてしまった。 世の中や時間がそうさせたとは言え、過ぎて見れば懐かしい思い出だったりする。

寒さに震え箱根峠を超える時も、雨に打たれながら国道23号のバイパスを通る時も、お泊りに行った瞬間に風邪ひいて寝込んだ時もあったし、面白い事ばかりだ。

 

お約束と少しのトラブルで休日は輝く。

そういえば今回は珍しくお約束なさわやかのげんこつハンバーグを食べずに餃子を食べたな。調子に乗って15個とか注文したけど、食べきれたしやっぱり美味しいものはいい。

 

元々新幹線が高いからバイクに乗ろうみたいな動機で、バイクで静岡に行ってたけど、バイクがなくても案外行けるもんだなってのを実感した。 バイクがない事の寂しさみたいなものは確かにあるけど、新幹線で行くという楽しみ方を見つけられたし、どんな方向に転がっても楽しめるように考え行動する事は楽しい事だね。

 

3年前の花見キャンプの時の写真。この日は天気がよく、花見で一杯、月見で一杯できる素晴らしいキャンプだった。

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マンホールスライディングフライデー

今年度中に消化しろっていうお達しから取った有休だった。
消極的ではあるけど、それでもやらなきゃな事と、やる事をもりもりやった。

大体休みとわかってると前日は夜更かしするんだけど、歯医者の時間10時に取ってて、起きる時間が平日と変わらなくて笑ってたりした。
その分帰ってから寝ればいいので、そこは問題じゃなかった。

そして大手町の歯医者に行ったら、これまで担当していた人が2~3週間前に退職したようだった。
その担当の人は私と同じく、良くあろうとして少し抜けてるという面白さがあって、前にかがむとお腹からグー・・・と音が聞こえる健康的な人だった。
新しい人もどこかそんな感じを醸していて、すごく説明は上手なんだけど黒い紐が見えてた。

30分くらいは飲食やめろと言われたので、皇居外苑を散歩して二重橋を見ていた。
1時間ほど散歩を終えて、銀座のジャポネにいってジャリコ食った。
感染症対策なんてものはなく、食べる人、並ぶ人、待つ人が一蓮托生の思いでスパゲッティ貪り食ってた。

平日の昼下がりにお休みを手に入れたら、どんな優雅な事をしようって考えるけど
大体行きつく先は、ゲームセンターで、人のいないIIDXを延々と遊んでました。
出勤が強制されてると、経路のなかにゲームセンターがあるから続くんだけど
在宅勤務が強制されてると、それがなくなってしまうので、随分と課金イベントが進んでいない状態だった。
それも少しは進められたので良しとしよう。

それで大体夕方になって、そろそろ帰るかと電車に乗って川崎駅に降りて
そのままシルクハットに行って、またIIDXをしていた。
川崎駅は、そういえばその経路だったんだ。

それからHUBで死ぬほど酒飲んで、18時に家帰って寝て起きて22時でVRで遊んで終わり。
欲望と優雅は両立せず、ただの一つも優雅なく、ただただ好きな事だけをした休日だった

 

家に傘がなく、雨が降っていた

10数年ぶりに映画館に行った。
東京に来てから初めての映画館だった。

この街はおもしろおかしく、自分がよく行く施設については、どの街にそれがあって・・・と施設ベースで地図ができたりするんだけど、そもそも行かない施設に関してはそれが地図に組み込まれることがない。背景ともいう。

街の覚え方がゲームセンターとラーメン屋で構築されてると、池袋と新宿は素晴らしく渋谷と上野は大したことのない街で、品川なんて何もない街になってしまう。これが百貨店やデパートで構築されてると、また街への評価は変わるだろう。

 

いつもタイムラインで話題になる映画は、いつか見に行こうくらいに思っていて、そのいつかは訪れないまま公開が終わり数年後の金曜ロードショーで見たりなんて事が多い。いつか見に行こうという考え方は、向こうから来てくれないと見ないんだなって思った。

それでも能動的に見ようと思ったのは、単純に仕事が忙しすぎて休むという事や自由に使える時間の価値が爆上がりしたからで、そこまでしてみようと思った映画はARIA The CREPUSCOLOだった。

という事は前回の映画のARIA The AVVENIREは見てないんですね。

しかし素敵な時間であった。
内容についてはここでは触れないとしよう。ネタバレもしないしネタすら見せなくて、映画館という施設に関する感想だけにしよう。

 

お金を払って映画館に入って、一番最初に盗撮したら酷い目に遭わせるからなって、お金払ってきた客を犯罪者予備軍呼ばわりする告知流すのなかなかにロックだなって思った。スーパーマーケットの商品棚に貼られた「万引きは犯罪です」みたいなものだと思う事で腹落ちはしたが・・・。

本編始まる前10分くらい怒涛のCMコーナーを見るんだけど、ガンダムだったりFateだったり戦うものばかりで、今回見ようとしている映画と全く方向性が違ってて、なんで始まる前にアドレナリン出させようとするんだろうとか思ってました。

でもその後始まった本編が全てよかったので、全部チャラです。次からはCMコーナー終わる頃くらいに入ろう。

 

2野口さん払って映画見る・・・かぁ・・・なんて思いながら入った映画も終わって出てみれば、クリアポスターやアクリルスタンドの1000円~3500円くらいのグッズを全部買ったりして、気づいたら3ゆっきー飛んでいた。

完全に価格と価値の認識が歪んでいて、この現象をパチ屋の缶コーヒー現象と命名した。

パチ屋で120円の缶コーヒー買うのはすごく躊躇うのに、サンドに1000円札入れる事に躊躇いがないあの現象である。

 

雨の降る中、映画を見に行って終わって出て見れば雨に濡れた地面が、ランプを照らしていて、大変よい景色であった。

そして、珍しく傘をなくさなかった